都響倶楽部 〜オーケストラと聴衆との新しい関係を築くために〜

都響倶楽部の成り立ち

都響倶楽部の成り立ち

2000年夏、東京都交響楽団から定期会員や都響メイトに「都響サポーターズクラブ(仮称)準備委員へのお誘い」という手紙が届きました。
それが、すべての始まりでした。

都響からのラブレター

その手紙には、都響が21世紀に向けて飛躍するために、都響と音楽を愛する人たちと新しくパートナーの関係を持った組織を作りたいと書かれていました。
すでに日本フィルや仙台フィルなどでそれぞれの活動に合った支援組織が活動をしており、外国ではフィラデルフィアやボストンなどの多くのオーケストラの支援組織が、聴衆の開拓、教育プログラムの企画・支援、資金調達の活動をしていますが、都響独自の組織の立ち上げを検討できないかというのです。

始まり始ま

この呼びかけに20名余がこたえ、2000年12月までに5回の準備委員会、構想や会則を検討する5回の幹事会が開かれました。
手探りの話し合いでしたが、途中参加者も受け入れ、欠席者は手紙やメールで意見を述べ、記録を全員に送るなど、出来る限りオープンに議論しました。
その作業を全て行ってくださった都響事務局には、本当にお世話になりました。 

何が出来、何をしたいのか?

倶楽部の目的について話し合いが進んだ2000年11月頃には、都響のために活動することで自分たちの生活も深めたいという方向にまとまり始めました。

そこで、「音楽が好きで、都響が好き」な人なら誰でも参加できる組織にしよう、実際の活動にはいくつかのサークルを作り興味あるものに参加してもらおうという形が見えてきました。
その活動の中心には聴衆動員、コンサート支援、財政支援、会員と楽員の交流を想定しました。

初仕事はロビーコンサートのお手伝い

2000年11月5日、東京文化会館での「ファミリーコンサート」開演前に無料のロビーコンサートが開かれましたが、準備委員会ではこのロビーコンサートのチラシの配布をお手伝いしました。

上野駅前や上野公園でぎこちない手つきでチラシを配ったのが、私たちの初仕事でした。
何ができるのか自分たちでもまだ分からないので、都響からの依頼にこたえる程度の活動から始まりましたが、2001年2月以降には「月刊都響」へのチラシの挟み込みも考えるほどに力が集まり始めました。

名は体を表わせるか?

さて、構想が形になってきた頃、「都響サポーターズクラブ」という仮称に疑問が出されました。

Jリーグの借り物のような「サポーター」という言葉でいいのか、これは本当に自分たちの方向を具現している名称なのかと、様々な意見が出ました。
正式な決定はクラブ員の総意に寄ることにしようと、準備段階では「都響倶楽部(仮称)」で活動をしました。

えっ! 都響のピンチ?

2000年11月29日付朝日新聞夕刊に、「リストラの“運命”」という見出しで東京都の都響への補助金カットが報道されました。

こういう話を聞くと、都響倶楽部設立は都響の経費削減策と思われがちです。
しかし、都響は、「補助金削減は手痛いが、財政事情に関わらず、都響の目指すべきものを考えると、都響と聴衆のパイプ役としての組織が必要と考えている」とのことでした。
私たちも、「こんなに素晴らしい演奏をし、多くの人たちから愛されている都響を、都はもっと支援してほしい」と言わせたいし、そういう活動のできる都響であると確信しております。

みなさん、ご一緒に・・・

「ベルティーニ氏と楽団の空いている日は4月14日です。」都響事務局の言葉に幹事会はどよめきました。
設立総会後の懇親会で楽員の方々と懇談できればと考えていましたが、世界のマエストロにご臨席いただけるとは!
設立準備に忙しい私たちの前に吊るされたニンジン、それがベルティーニ氏です(申し訳ありません)。
即、2001年4月14日の総会開催を決定。
後は、走り続けただけです。
都響倶楽部の活動は自分たちで作り出すものです。興味をお持ちになった方はご一緒に活動してください。 

CONTACT

都響倶楽部にご入会されると、倶楽部メンバー限定イベントとして、都響楽員による「ミュージック・トーク」(無料)と出演者を囲んでの「親睦パーティー」にご参加いただけます。(年2回開催)
12月の倶楽部主催の忘年会には毎年楽員・事務局10以上の参加で楽しく懇親します。
そして、倶楽部メンバー間の催しや、会員限定割引のコンサートなどへのご案内、楽員・倶楽部メンバー寄稿による情報が満載の『都響倶楽部通信』の年4回のお届けなど。さらにこれからも、さまざまな『楽しいこと』をご提供させていただきます。 

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